砂漠の中の街、”カブール”≪九月二十四日≫ ‐燦‐次に停まったところは、ちょっとした街だった。 バスは停まるが、運転手は何も言わない。 皆、勝手にバスを降りて、あっちこっちへ散っていく。 昼食タイムの停車だったらしい。 トイレへ行きたくて、トイレを探すが見つからない。 あっちこっちを歩き回り、壊れかけた家の中に、勝手に入り用を済ませることにした。 これが又、大変。 何しろ、何分間停車するとか、何時までに帰って来てくださいなどという事は何もないのだから。 用を足しながら、バスはまだ停まっているか・・・・・などと、気を揉みながら用を足す訳だから、出るものもでない。 代わりに、額から汗が吹き出てくるしまつ。 無事用を足して、ゆっくり歩けるようになった。 バスはまだ、停まっている。 バスが停車しているすぐ近くの、バスの見える食堂で昼食をとることにした。 昼食代、25Afg(175円)。 道の真ん中に、検問所なのだろう、汽車の踏切りなどで見かける、遮断機のようなものが見える。 まるで、何百年前の関所のような雰囲気を持っている。 これが陸続きの国境を持つ国の、くだらない・・・しかし、重要な意味を持つ事なのだろう。 兵士なのだろうか、・・・・銃を持ってジッと我々を睨みつけている。 そんな街中を、貧しそうなモンゴル系のアフガニスタン人が往来していく姿は、ちょっとタイムスリップした気分になってくる。 中には、江戸時代に出てきそうな日本人に良く似た人も多く、割と日本人には好意的なのが嬉しい。 それもそのはず、ここの貧しい遅れたアフガニスタンの人達は、(モンゴル系、60%)、日本人を兄弟のように思い、同じような顔をした、同じ子孫をもつ日本人が、大国の中に混じって活躍をしているという事に、誇りを持っているというのだ。 その上、北からの脅威であるソ連と言う大国に、戦争で日本が打ち負かしたと言う歴史の重みを、彼らモンゴル系の人達は、励みにしていると言うのだ。 俺は、彼らの支えなのだ。 * バスは30分ほど停車していただろうか。 何処からともなく、飛散していた乗客たちが帰って来て、バスに乗り込むと助手が人数を数えて、全員乗車となったところで、発車オーライと鳴る。 人数を数えるだけだから、間違って他の人が乗り込んでいても、人数さえ合えば発車してしまうのだろう。 後、カブールまで、115Kmと書かれた看板を持つ街にさようなら。 街を離れるとまた、岩と土だらけの半砂漠が続いて行く。 街の中でさえ、緑豊かな山など拝む事はない。 バスの窓から見えてくる無味乾燥な景色が、不思議と退屈しないと言うのはどういう事なのだろうか。 バスの中は、かなりの人が立っている。 一時間ぐらいの行程ではないのに、疲れた様子もなくただ、文句も言わず立っている。 割と騒がしく話をしているのだが、何を喋っているのかわからないから、ただの雑音にしか聞こえてこない。 窓の外を見ると時々、砂漠の中に小さな竜巻を見ることがある。 それが三つも、四つも同時に発生し、砂煙を巻き上げている。 ここでは、いつもの事のようだ。 窓際に座っているせいか、唇がカサカサに乾いてくるのがわかる。 午後三時ごろだろうか、低く飛んでいる飛行機の音に気がつき、前方を見ると街らしき風景が飛び込んで来た。 砂漠の中だから、遠くのものが見えてくる。 ハイウエーの周りに何もなかったのが、道の両側に背の高い、緑が生い茂った(ポプラだろうか?)木が、30Mくらいの間隔で植えられていて、それが2KM先の街まで続いている。 バスはその木の中を、すべるようにして走った。 カブールだ。 アフガニスタンの首都、カブールが見えてきた。 人々が自転車にまたがったり、鞭を携えた老人が馬車でゆっくりと歩んでいる。 砂漠の中ほとんど見ることができなかった人が、少しずつ増えてくる。 ペシャワールを出発して、八時間半の道のりだった。 * 午後三時半、バスターミナルだろうか、広場にバスは停まった。 空には凧が舞っている。 子供達が広場で凧揚げを楽しんでいる。 これが、一国の首都かと思うほど、街は小さく、岩だらけの山肌には、モンゴル系の人たちの住居だろうか、岩肌に同化して建物が建ち並んでいるのが見える。 バスが停まると、人がワーッ!と集まってくる。 客引きか? バスを降りて、自分の荷物を受け取ろうと外で待っていると、数人の現地の人たちが、争って荷物をバスの屋根から降ろし始めた。 慌てた毛唐たちは、自分で屋根に登り、”俺の荷物だ!”と言って、荷物を抱え込んだ。 どうやら、荷物を下ろしてやったという事で、金を貰おうと言う魂胆らしい。 彼らは何でも商売にしてしまうから、うかうかしていられないのだ。 ”何でも引き受けます!”と言う、便利やさんなのだ。 荷物が下ろされるのをジッと見ていると、懐かしい言葉を耳にした。 おっさん「こんにちわ!日本の方ですね。」 俺 「・・・・・・。」 おっさん「長旅、疲れたでしょう!」 そういうと、名刺を手渡された。 そこには、英語と現地語で書かれた、訳のわからない文字が書き込まれていた。 おっさん「私、ホテルの者です。私のホテルはここからすぐ近くです。案内させてください。」 俺 「ホテル?」 おっさん「そうです。ホテルはまだ決まっていないでしょ!私、日本の方たくさん知っています。日本人、良い人ばかり、私日本人好きです。どうぞ、私のホテルに来て下さい!」 俺 「まだ荷物が・・・・。」 おっさん「OK!」 どうやらまた、客引きに捕まってしまいそうだ。 客引きは、モンゴル系の青年で、・・・昭和30年ごろ、日本でも流行ったジャケットを着込んでいる。 南京虫でもいそうな服を着込んでいる。 モンゴル系の人達は、総じてこの服を気に入っているようだ。 頭にはターバンを巻き、ジャケットの下からは、長く白いシャツを出して、ズボンはステテコのような白いパンツルック、足には草履のようなものを穿いている。 俺の荷物が、誰かの手によって下ろされた。 それを受け取り、チップも渡さず客引きにつぃていく。 近くに車を待たせてあって、その黒い車に乗り込んだ。 車は街の中を、5~10分ほど走って停まった。 APSARAホテルの前で停まった。 おっさん「ここからは、長距離バスのターミナルも近いですから・・・・。」 ホテルの前は、静かな公園になっていて、バザーのあるキッチン通りにも近いと、ホテルの便利さを強調して見せた。 俺 「一泊、いくらだい??」 おっさん「20Afg(140円)だ。」 俺 「20Afg・・・・・140円か、・・・OK!」 車を降りて、ホテルの門をくぐると、二階建ての白い館が姿を現した。 その左側には広場があって、藤棚の下には、テーブルと六人ぐらいがくつろげるイスが置かれてある。 そこにはもうすでに、毛唐の若い奴らに、五人ほど占領されていた。 彼らの横を通り、104号室に通される。 部屋の中には、ベッドが二つあるだけで一杯になる小さな部屋があった。 マスター「何処まで、行くのですか?」 俺 「へラートまでだ。」 マスター「へラートまでなら、へラート行きのバスを知っています。切符を買ってきてあげるから、お金をくれないか?」 俺 「切符を買ってくれるって???」 マスター「ああ!」 俺 「いくらだい?」 マスター「へラートまでだと、220Afg(1540円)だ。」 俺 「220Afgか。」 マスター「信用できないか!!!心配するな、俺はここのマスターだ。何処へも逃げ隠れしないさ!」 俺 「なんで、そんなに親切なんだ!!」 マスター「日本人が好きだからさ!白人よりもずっと、日本人が好きだからね。日本人は我々の同士だ。」 俺 「嘘でも嬉しいね!よくわかったよ。あんたを信用しようじゃないか。」 ちょっと腑に落ちないが、220Afgを手渡し部屋を荷物に置き外へ出た。 * 公園ではサッカーが行われている。 野外のカフェテラスでは、チャエを飲む人・・・と、何処でもある風景が見えてくる。 この国では、白人に近い、ペルシャ系の人種が4割ほどいて、ちゃんとしたヨーロッパ並みの生活を謳歌していて、その人種がこの国の実権を握っているらしい。 残りの6割がモンゴル系の貧しい人たちである。 日本人には考えられない事だが、全然違う人種が雑多に国を形成している。 アメリカの白人と黒人の違いとはまた、違った形の国家が創られていることに驚かされる。 公園の中にある映画館の周りには、人垣ができている。 ブルースリーの映画だった。 今日は金曜日という事もあって、若者が多い。 近くに出店が軒を列ねている。 日本のたこ焼きに似ているが、中身は全然違ったものが入れられている。 人参の生ジュースも売られている。 皮をむいた人参がところせましと置いてあり、それを注文に応じて、日本製のジューサーでガリガリとジュースにしていく。 若者がそれを美味そうに飲んでいる。 安くて栄養があるという事だろうか。 またその横では、絵葉書が売られている。 三枚ばかり買ってしまった。 一枚7Afgで、21Afg(150円)。 店はネパールやインド、パキスタンと違って、清潔な感じがする。 公園の周りを散策した後、部屋に戻り夕食をとり、夜は久しぶりに日本への便りを書き溜めた。 物価は安いし、人もいい。 割と清潔そうだし、なかなかいい国のようだ。 俺の目指したシルクロードは、この国の北東に位置している。 距離で言えば、すぐそこなのだが、行くとなると数週間はかかるだろう。 そして、帰って来れるとは限らない。 昼間は暑い・・・と言っても、木陰は涼しいし、日本の軽井沢のような気候だろう か。 そうは言っても、俺は軽井沢には行った事がない。 それでも、やはり、砂漠の中の町である。 夜の冷え込みは、特異なものがあるようだ。 野宿はできそうもない。 カブール最初の夜を迎えた。 |